8月23日『借金時計』マタイ福音書18章21~35節 福島牧師
夕張市公式サイトに「借金時計」が記されます。忍耐を強いる市民や職員への財政再建目標です。聖書に「借金」の譬えが記されます。弟子ペトロがイエス様に相談し「何度、仲間を赦せば」と。傍にいるから心が通じ合うとは限りません。理解と忍耐も必要です。イエスはペトロをねぎらうのでなく「七回どころか七の七十倍までも赦しなさい」と。そして神の国の心を譬えで語るのです。イエス様の公生涯は洗礼者ヨハネ同様「悔い改めよ、天の国は近づいた」から始まります。それは主の弟子に求められる使命・目標なのです。一連の箇所に「天の国」が多用されます。主の弟子の役割は、神の御国の実現です。イエス様はペトロに、途方もない借金を帳消にする神の赦しを語るのです。1万タラントンは6000万人の一日の賃金です。けれど王は家来を哀れに思い借金を帳消しするのです。家来は借金する仲間を見つけ、僅かな借金をすぐ返せと首を絞め、懇願も無視し牢に入れるのです。仲間たちは心を痛めて主君に伝えると、寛大な主君は非情な家来を呼びつけ「お前を憐れんでやったように、自分の仲間を憐れむべきでは」と、牢役人に引き渡すので
8月30日
8月16日『主の兄弟とは』ルカ福音書8年19~21飾福島牧師
こどもさんびか「きょうだいげんかを」はクリスチャン作家の阪田寛夫氏作詞、従兄の大中恩氏が作曲です。「兄弟喧嘩をしない日は、十日に一度か月二回、仲良くするのは難しい神さま、神さま、神さま、そのわけ教えてください…」と。讃美歌略解には「子どもの言葉で神様に問いかけながら祈る讃美歌」と記され、考えさせられます。讃美歌『幾千万の母たちの』もベトナム戦争や安保闘争の頃に二人が作った反戦歌。阪田氏は20歳を戦地に過ごし、大中氏は音楽学校同級生6人中、4人が戦死、平和への強い祈りが込められます。敗戦81年を迎えた今も世界平和の祈りは止みません。世界は皆兄弟と願いつつ、しがらみのない友人関係が良い場合も多いもの。聖書のカインとアベル、エサウとヤコブの物語は兄弟とは何かを考えさせます。イエス様にもヤコブ・ヨセフ・シモン・ユダの弟の他、複数の妹がいたようです。カナの婚礼での母マリアのイエス様への言い方は、ご降誕での天使の言葉を忘れたようです。マルコ3章にはイエスが気が変になっていると聞き兄弟が取り押さえに来たと記され、イエス様も家庭では普通に過ごされていて、家族の中
8月23日
8月9日『愚かな金持ちの譬え』ルカ12章 13~21節 福島牧師
遺産を巡る兄弟争いのためイエス様に相談しに来た人がい ました。「先生、私にも遺産を分けてくれるように兄弟に言ってください」と。相続権を何らかの事情で失った人です。イエス様は事情を察し「誰が私を、あなた方の裁判官や調停人に任命したのか」と言うのです。2千年前の裁判制度ですが、人の問題は簡単には解決しません。イエス様は心の問題を見抜き「貪欲に注意せよ」と言われるのです。欲は生存、社会生活を営むために必要ですが、「貪欲」は周囲も本人もダメにし際限ありません。心理学は欲望を70に分類しますが、イエス様は「どんな貪欲にも注意を払い、用心しなさい。有り余るほど物を持っていても、人の命は財産によってどうすることもできない」と言うのです。ヨブ記は「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ」と記します。人の現実を空しいとはせず、神がなさることは褒め称えられるべきと考えました。イエス様は遺産の事しか頭にない男に譬えを話すのです。突然の豊作で更に大金持ちになる男の譬えです。将来の安泰に飲み食いに興じる男。莫大な資産も命
8月16日
8月2日『実のならない木』ルカ福音書13章6~9飾福島牧師
聖書には「平和」の言葉が多用され、旧約39巻中23巻、新約27巻中26巻に記され、唯一、Iヨハネだけ「平和」がありませんが、平和に関心が無いのでなく「互いに愛し合いましょう」等、平和実現の具体策が沢山記されます。微力でも平和を祈り続けることは平和実現の大切な働きです。アラビアでは6千年前からいちじ栽培がなされ、日当たりや肥料、前定、温度の影響で「成り年、成らない年」が起きます。いちじくは根がく張り、実が成らなければ、ぶどう栽培を妨げるため切り捨てました。ぶどう園は園丁(庭師)の所有ではないため、園丁は持主を説得しいちじくの快復を願うのです。イエス様は神(主人)と人との間のカウンセラー(仲保者)なのです。いちじくは「平和と豊饒」の象徴で、戦争や搾取による豊かさでなく、神の平和にある豊かさなのです。実を結ばないイチジクは神の教えに従わないイスラエルを象徴し、3の数字は長い歳月も意味しす。たとえ途方もない時間が.かかっても平和の実を望んで待ち続け、置かれた場所で懸命に栽培を続ける園丁のがあります。これは「訴える人と仲直りできるよう努めよ」等の中の譬え話
8月10日
7月26日『五羽の雀』ルカ福音書12章4~7節福島牧師
教会の児童会2階軒下に雀の巣があり、巣立つ姿が毎年見られます。聖書の雀は日本の雀と微妙に色形が違いますが、建物や神殿を飛び回っていました。五羽2アサリオンは一日の労働 8000 円と考えると1匹 200円位でしょうか。大牟田で雀の焼鳥が一匹10円ですから、ありふれたの意味です。それでも自然の中で誰にも気にも留められなくても懸命に生きています。以前、国を挙げ穀物を食べる害鳥だと雀は駆除すると、害虫が増えて農産物が壊滅状態になった話を聞きます。その大切な役割は人には分りません。イエス様は神様がどのような方か雀を例に説明されるのです。「恐れ」の言葉が繰り返されます。11章末尾に緊迫した状況が読み取れます。イエス様を不審に思うパリサイ人や律法学者など宗教的指導者からの監視、ユダヤ地方を支配するローマ帝国からの監視、12弟子の一人、シモンは宗教的政治集団である熱心党に属しこれも警戒されました。弟子の多くがガリラヤ出身で強い訛りや身分格差も含め、恐れることばかりでした。イエス様はそんな弟子たちの思いを察し、本当に恐れる方は神様ではないか、と言うのです。その恐
8月2日