10月4日「待っておられる神、共におられる神」ルカ福音書15章13~19節 久保木 崇 伝道師(とわの森三愛高校宗教主任)
10月12日
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有名な「放蕩息子のたとえ」ですが、実はこの話、二人の息子を等しく愛す父親の話なのです。弟息子は放蕩を尽くして無一文となり、人生の瀬戸際で正気に立ち戻ります。父の所へ決意して帰る弟。父遠く離れた所で弟息子を見つけます。毎日、道に立って待っていた父だからこそ見つけたのです。父は弟を抱きしめ、全てを失った息子に必要なものを、父が与えたいものを全部与えました。見返りを求めずに与えたのです。全て父から与えられる恵み、これが救いの恵みなのです。キリストの十字架と復活による救い、神との関係の回復こそがそれなのです。兄息子はこれに文句を言いますが、父は兄をなだめ叱責するのではなく祝宴に招くのです。この二つの話は、いずれも父親の方から息子に歩み寄るのです。弟のためには駆け寄り、兄のためには父の方から外に出できて近く向き合ってくださるのです。待っておられるのも、共におられるのも同じ父、その愛は
神の救いはこの神の愛によるのです。神の愛は主の十字架の赦しと救いの福音として与えられました。ご一緒にこの福音を受け入れる者、宣べ伝える者として神の愛の内を歩みたく思います。



