9月27日『体のともし火』ルカ福音書11章33~36飾福島牧師
10月3日
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韓国で最も愛される聖句がロマ書8:28「万事が益となるよに共に働く」と聞きます。辛い時、悲しい時の慰め希望としてきたのです。聖書に「ともし火」が繰り返されます。著者ルカの名は「光を与える」の意味。闇に勝利する光であるキリスト、その光を託された仕え人の責任を心に留め記します。人々を暗くさせるか、光となるのかを問うのです。聖書の言葉を光の燃料とし、み言葉の力を受け、主の光を放つ者でありたいとルカは願うのです。イエス様が住んだ山間部ナザレは人口300人の洞窟の町でした。「ともし火」は生活必需品で隠す必要もないし、小さいなりの役割がありました。大切なのは主の仕え人としての「ともし火」となっているのか否かなのです。イエス様は「体のともし火は目」、目が澄み、目に輝きがある人は全身も明るいけれど、目が濁っていれば暗い。だから「あなたの中にある光が消えていないか調べなさいと言われます。夜に街灯の明るさで付け忘れた車のライトを対向車が知らせるよう、隣人との関りで知りますし、孤独闇は人に輝きを失っていることを知らせます。消えたことが問題ではありません。また繰り返し灯せば良いのです。主の僕の明かりを灯し、周囲の人々の心を少しでも明るくすることを大切に歩めば良いのです。「御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働く」のです。失敗しても安心して主のみ言葉を力に輝かせて歩みたいのです。



