9月20日『多様性の一致』ローマの手紙12年3~8節福島牧師
パウロは12章冒頭に、礼拝に招かれた者の交わりは、「神の憐みによって招かれた者」の交わりなのだから、憐みの心を大切にし「自分を過大評価してはなりません」と言うのです。「むしろ、神が各自に分け与えてくださった信仰の度合いに応じて慎み深く評価すべき」と言います。キリストの体を形成する一人一人の役割があります。その違いが神の賜物であることを「慎み深く評価」できないために混乱するのです。それはどの人間関係の中にも起きます。そこでパウロはイエス様の心に重ね「私たちは、与えられた恵みによって、それぞれ異なった賜物を持っています」の言葉に思いを込めて記すのでした。8月26日の中国・ネパール国境付近での氷河壊による土石流は、時速167km、僅か8分で 22k下まで巻き込み、今も多くの方が土砂の中とお聞きし心が痛みます。ネパールは仏教開祖誕生の地ルンビニでも知られますが、2007 年に新しぐ国歌が改定され、その歌詞には驚かされます。多民族・多宗教・多言語の難しさを否定するのでなく、むしろ美徳とし尊重しあう豊さを歌います。「何百もの花からなる我ら一つの花環のネパール
9月27日
9月13日『種を蒔く人』ルカ福音書8章4~8飾福島牧師
イエス様のたとえ話の一つです。種は神様の言葉、土地は聞く人の心を示します。どんなに良い言葉も、聞く耳がないと心に届きません。そこでイエス様は人々に聴く人の心に「端、石地、茨の中、良い土地」の4種類あると言うのでした。「道端」は種を蒔いても直ぐに鳥が来て食べられてしまう。目先の言葉にすぐ心が奪われる人です。「石地」は芽が出ても土が薄く日が差すと根がすぐに枯れてしまう。喜び、感動して聞くけれど、少しの苦難や迫害にすぐ躓いてしまう人。「茨の中」の種は、芽が出ても茨が邪魔して伸びられない。心配ごと、誘惑、様々な理由を付けて逃げ、結局は実を結べないのです。「良い土地」に落ちた種は、み言葉を聞いて悟り、麹待に沿うよう育ち、何十倍もの実を結び、沢山の人の心を満たします。どこに蒔かれるか種自身は分かりません。良い地へ蒔かれる確率は少なくても諦める必要はありません。人の心は揺れ動きますから心配ありません。必ず神の言葉を必要とする時が来ますから、み言葉の種を蒔き続けることが大切です。留萌市隣接の小平町は東京23区と同じ 627 ki, 40前、留萌の開拓伝道を志し『
9月20日
9月6日『尋ね求めるなら』エレミヤ書29章11~14節福島牧師
旧約聖書は預言者の説教の集大成。エレミヤも預言者として、新バビロニア帝国初期に迫害投獄されても神への悔い改めを語り続けました。この手紙はバビロン捕囚の人々に、振り回されずに落ち着いて生活し、卑屈にならずバビロニアのために祈ることをも勧めます。エレミヤの名は「ヤハウェは建設する」の意味。人の欠点、弱さを越えて主が建てられるのです。エレミヤ書の冒頭に召命体験が記されます。「母の胎から生まれる前に、私はあなたを選別し諸国民の預言者として立てた…若者にすぎないといってはならない…彼らを恐れるな。私があなたと共にいて、必ず救い出す」と励ますのです。苦難の預言者として知られますが、苦難の中で主の臨在を経験し、力としたのです。神が呼び出し、用いる。それが召命です。召命感との葛藤もあります。でも心配ありません。神が立てているのですから。むしろその葛藤が大切なのです。それを通して主の仕え人とされ、皆が祝されるのです。預言者は人々を生かすために神の言葉を語り、神によって呼び出された者。神に尋ねつつ歩む時、誰もが主の仕え人、預言者となるのです。世界で愛される聖句の2番
9月14日
8月30日『見失った羊』ルカ福音書15章1~7飾福島牧師
15章に「見失った羊・無くした銀貨・放蕩息子」の三つの譬えが記されます。イエス様の話を聴きに、罪人らは慰めと生きる力を得るために、ファリサイ派や律法学者らは監視とイエス様を罪に定める手がかりを見つけるためでした。罪人と共に徴税人もいて、ローマ帝国の税金も徴収するため、罪人のように思われていまし た。罪人は宗教的ペナルティーを果たしても偏見のために辛い中に置かれていたのです。主の話を聞きながら、律法学者らは不平を言うのです。そこで「見失った羊」の譬えを話すのでした。羊は一匹で詳れから離れ ると獣の餌になりますから救けが必要です。羊飼いは都会の資産家に雇われ、寝ずの番をして羊を育てます。100 匹もいれば1匹位とはなりません。弁償するにも低賃金で払えませんから借金するか、命がけで探しに行くのです。だから見つかるとその苦労を知る関係者は心から喜び合うのです。事情を知らない人は冷酷です。神様の眼差しは、迷子の羊を探し出す羊飼いや喜びをもって一緒に歩む人々の温かな真心に向けられます。神様はそのような方ですし、イエス様の神の国の宣教の目的も喜びもそこにありま
9月6日