7月26日『五羽の雀』ルカ福音書12章4~7節福島牧師
8月2日
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教会の児童会2階軒下に雀の巣があり、巣立つ姿が毎年見られます。聖書の雀は日本の雀と微妙に色形が違いますが、建物や神殿を飛び回っていました。五羽2アサリオンは一日の労働 8000 円と考えると1匹 200円位でしょうか。大牟田で雀の焼鳥が一匹10円ですから、ありふれたの意味です。それでも自然の中で誰にも気にも留められなくても懸命に生きています。以前、国を挙げ穀物を食べる害鳥だと雀は駆除すると、害虫が増えて農産物が壊滅状態になった話を聞きます。その大切な役割は人には分りません。イエス様は神様がどのような方か雀を例に説明されるのです。「恐れ」の言葉が繰り返されます。11章末尾に緊迫した状況が読み取れます。イエス様を不審に思うパリサイ人や律法学者など宗教的指導者からの監視、ユダヤ地方を支配するローマ帝国からの監視、12弟子の一人、シモンは宗教的政治集団である熱心党に属しこれも警戒されました。弟子の多くがガリラヤ出身で強い訛りや身分格差も含め、恐れることばかりでした。イエス様はそんな弟子たちの思いを察し、本当に恐れる方は神様ではないか、と言うのです。その恐れはむしろ「畏れ」で、恐怖や不安ではありません。たとえ一匹の雀、髪の毛1本ですら心に留められる愛に満ちた方に導かれ守られているのだから
大丈夫だというのです。弟子たちに優しく語られるイエス様の心を覚えます。そんな神様の恵みを覚えながら、虐げられ声も出せないで耐え続けている弱くされた人々のことを覚え合う大切さを弟子たちに語られている様にも思うのです。



